新日本延命学
からだの奥に、
何を見ていたのか。
宮原一男先生が着目した、
スジと球。
書に「医学博士」と紹介され、
軍医として中国大陸に渡ったと伝えられる宮原先生。
の身体観の出発点には、解剖を通して小さな「球」に着目したという話があります。
その成り立ちを知る ↓

01 宮原先生と発見の来歴
02 スジと球の身体観
03 手の使い方と伝承
04 円命堂での実践

新日本延命学 創始者
宮原 一男
著書では「医学博士」と紹介。
スジと球をめぐる独自の身体観を
『新日本延命学』に著しました。
その原点をたどる
解剖で着目したと伝る、 小さな「球」。
延命学を伝える施術者の解説によると、
宮原先生は満州の陸軍病院に勤務していた時、
凍ったご遺体を解剖する機会を得ました。
そこで目にしたのが、身体の各所、
とりわけ大腿部に数多く見られた「球」だったとされています。
宮原先生は、その球と、全身に続くスジとの関係に着目します。
やがて、それらを「運動神経筋」と「球」と呼び、
身体の不調を説明する独自の研究へと進んでいきました。
戦時中と伝わる
解剖を通した着眼
その後の研究
スジと球の身体観
1970年10月
『新日本延命学』刊行
発見の経緯は関係者による解説に基づく来歴です。スジと球は原本の独自理論であり、現代医学で確立された解剖学・病因論とは区別しています。
原本の比喩からひもとく
一本の紐を結ぶと、
何が変わるか。
同じ長さの紐を二本、並べてみます。
一本はそのまま。
もう一本には結び目をつくる。
結び目が増えると、
紐を切っていないのに、
端から端までの長さは短くなります。
原本は、この紐を「スジ」、結び目を「球」になぞらえました。
ある場所が縮めば、つながる場所も引かれる。
その身体観を伝える比喩です。

つらさを感じる場所から、
その手前にある「つながり」へ。
原本の身体観を説明する比喩図です。人体の構造や治療効果を示す図ではありません。
原本の比喩からひもとく

一本の紐を結ぶと、
何が変わるか。
同じ長さの紐を二本、並べてみます。
一本はそのまま。
もう一本には結び目をつくる。
結び目が増えると、
紐を切っていないのに、
端から端までの長さは短くなります。
原本は、この紐を「スジ」、結び目を「球」になぞらえました。
ある場所が縮めば、つながる場所も引かれる。
その身体観を伝える比喩です。
円命堂では、腹部の張りや脚の動きなどを広く観察する視点として取り入れています。
触診による内臓の病気の診断や、内臓の位置の矯正を示すものではありません。
大きさだけでなく、 どう動くかを見る。
原本には、動く球は大きくてもそのままにし、
固定されて動かない球に注目するという記述があります。
周囲に対してどう動くのか。
その違いを見ようとした点も特徴です。

「球」は原本の独自用語です。
リンパ球・リンパ節・腫瘍と同一視することはできません。
手の使い方にも、身体観が表れる
「手繰る」
という 触れ方。

延命学の実践者には、
独特な手の使い方を「たぐる」と表現する人がいます。
指で円を描きながら組織を捉える手法として説明する実践者もいます。
スジの走り方を捉え、
どの方向に張っているかを確かめる。
手の位置や動かす方向にも、
身体をどう見ているかが表れます。
円命堂では、触れる目的をお伝えし、
ご本人の感覚と身体の反応を確かめながら進めます。
位置を確かめる
方向を捉える
反応を聴く
名前とともに受け継がれた志
一冊の本から、
人々の手へ。
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「新日本延命学」という名は、宮原先生の施術に接した禅僧・中川宋淵老師によって名付けられたと伝えられています。
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講習会に関わった方の回想には、講演と公開施術を通して学びが広がった様子が残されています。
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楽健法の創始者・山内宥厳氏も、延命学の足を使う施術を学び、自身の方法へ工夫したと語っています。
円命堂は、その志を日々の暮らしを支える姿勢として受け止めています。
「延命」は施術による寿命の延長を約束するものではありません。
円命堂での実践
いつもの不調を、
もう少し広い範囲から。
肩が張る。腰が重い。お腹に力が入りやすい。
別々に感じる不調も、いつ始まり、どのような時に気になるのか。一人の身体としてお話を伺います。
すべてを球だけで説明するのではなく、原本の着眼を手がかりに、触れて分かることと動いて確かめられることを照らし合 わせます。



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