なぜ身体はいつまでも警戒を解けないのか
生活史に蓄積した負荷から考える
前回は、
本人はストレスを感じていないのに、身体には緊張が残っていることがある
という話をした。
仕事にも慣れている。
大きな悩みもない。
本人としては「いつも通り」である。
それでも、
顎が硬い。
肩の力が抜けない。
呼吸が浅い。
眠っている間も食いしばる。
では、
なぜ身体は、いつまでも警戒を解かないのか。
今回は、このシリーズの最後として、
その身体がこれまでどのような負荷に適応してきたのか
という「生活史」の視点から食いしばりを考える。

身体は、その時々の環境に適応する
身体には、環境の変化に対応しながら状態を調整する仕組みがある。
忙しい時には緊張する。
痛い場所があれば、そこをかばう。
眠りが浅ければ、身体の状態も変わる。
呼吸しにくければ、首や肩を使って補う。
これは身体が壊れているからではない。
その時の状況に対応するための適応である。
問題になるのは、
そうした負荷が一度ではなく、長期間繰り返された場合である。
慢性的なストレスや痛みに身体が適応し続けることで、生理的な調整機構への負担が積み重なるという考え方は、「アロスタティック負荷」として研究されている。
ただし、
「昔のストレスが身体のどこかにそのまま保存されている」
という意味ではない。
長期間の環境や身体的負荷に対応してきた結果、
現在の呼吸、姿勢、筋緊張、睡眠などに一定の反応パターンが残る可能性がある
ということである。
痛みをかばっていた身体も、その人の生活史である
生活史というと、
心理的な出来事だけを想像するかもしれない。
しかし円命堂で考える生活史は、もっと広い。
例えば、
昔から腰が痛かった。
片側の膝を長期間かばっていた。
デスクワークを何年も続けてきた。
夜勤が長かった。
睡眠時間が短い生活が続いた。
呼吸の浅い状態が当たり前になっていた。
何年間も肩に力を入れて仕事をしてきた。
これもすべて身体にとっての生活史である。
一つ一つは大きな問題ではなくても、
それに身体が何年も対応してきたのであれば、
現在の身体の使い方を考えるうえで無視はできない。

「今は大丈夫」でも、身体の使い方はすぐには変わらない
例えば、何年も腰をかばって歩いていた人がいる。
腰痛そのものがなくなっても、
歩き方までその瞬間に元へ戻るとは限らない。
長期間使ってきた動作は、
本人にとってそれが「普通」になっているからである。
食いしばりも同じように考えられる場合がある。
忙しい時期を過ぎた。
痛みも減った。
環境も変わった。
本人も今は困っていない。
それでも、
仕事に集中すると噛む。
運転すると顎が固まる。
眠っている間に食いしばる。
こうした反応が残る。
だから、
現在ストレスがあるかどうかだけを聞いても分からないことがある。
睡眠中の食いしばりは、さらに単純ではない
睡眠時ブラキシズムでは、顎の筋活動の多くが睡眠中の覚醒反応と関連し、その前に中枢神経系や交感神経系の生理的な活性化が起こることが報告されている。
つまり、
眠っている本人の意思だけで、
「今日は噛まないようにしよう」
と止められるものではない。
また、NIDCRもブラキシズムには心理社会的要因だけでなく、遺伝、カフェインやアルコール、喫煙、一部の薬剤など複数の要因が関係するとしている。
食いしばりを一つの原因だけで説明できない理由である。
身体が警戒している=心に問題がある、ではない
ここはシリーズを通して最も誤解してほしくないところである。
身体に緊張が残っているからといって、
「過去に大きな心の傷がある」
「本人がストレスに弱い」
と決めつけるものではない。
痛み、疲労、睡眠、呼吸、仕事。
身体の使い方、心理的な負荷、生活環境。
身体はさまざまな条件に対応している。
慢性的な痛みと慢性的なストレスが、生体の適応システムに負荷を与え得ることも研究されている。
重要なのは、
何か一つの原因を探し当てることではない。
現在の身体が、
何に対応し続けているのかを見ることである。
当院では「今の症状」だけを見ない
当院では食いしばりがある場合、
顎関節、頭蓋底、頸部、第一肋骨。
胸郭、横隔膜、呼吸、骨盤。
身体の左右差、動作、睡眠や日常生活。
必要に応じて、こうした要素をつなげて確認する。
さらに、
いつから症状があるのか。
その前に身体の状態はどうだったのか。
過去にどこかを痛めていなかったか。
生活環境が大きく変わった時期はなかったか。
という時間の流れも見る。
身体は、今日一日だけで作られたものではないからである。

食いしばりを「消す」のではなく、必要なくしていく
このシリーズの第1回では、
食いしばりを身体の防御反応という視点から考えた。
第2回では、
右と左の違いを身体の代償から考えた。
第3回では、
本人が感じるストレスと身体反応は必ずしも一致しないことを考えた。
そして今回、
その身体が今日までどのような環境に適応してきたのかを見た。
すべてに共通する考え方は一つである。
食いしばりだけを敵にしない。
身体には、
顎を固めることで対応してきた理由があるかもしれない。
ならば必要なのは、
力ずくでそれをやめさせることではない。
身体を一つずつ確認し、
もう同じ場所で頑張り続けなくてもよい条件を作っていくことである。
食いしばりをなくすのではない。
食いしばらなくても大丈夫だと身体が判断できる条件を取り戻す。
これが、当院で考える食いしばりへの基本的な向き合い方である。
歯科・医療機関での評価を優先する場合
歯が欠けている。
強く擦り減っている。
歯や顎関節に強い痛みがある。
口が開きにくい。
噛み合わせが急に変わった。
こうした場合は、歯科・口腔外科での評価を優先する。
また、大きないびき、睡眠中の呼吸停止、強い日中の眠気などがある場合は、睡眠時無呼吸を含め医療機関への相談が必要である。
整体は医療機関で行う診断・治療の代替ではない。
関連記事
第1回|なぜ人は歯を食いしばるのか? 身体を守る防御反応から考えるhttps://www.enmeidoukurashiki.com/post/bruxism-body-defense-kurashiki
第2回|なぜ右で食いしばる人と、左で食いしばる人がいるのか※公開済みの実URLを挿入
第3回|本人はストレスを感じていない|無意識の緊張と食いしばりの関係※公開済みの実URLを挿入
当院について
総合整体院 円命堂 倉敷店では、症状がある場所だけを見るのではなく、身体全体のつながりと、それまでの身体の使われ方から不調の背景を考えている。
食いしばりについても、顎関節だけではなく、頭部・頸部・胸郭・横隔膜・呼吸・全身の動作まで含めて評価する。
倉敷市呼松を中心に、水島・玉島・児島・真備・早島・総社・岡山市・玉野市など岡山県内各地、また県外からの来院もある。
完全予約制。ご予約・お問合せ➤
総合整体院 円命堂 倉敷店Enmeidou Integrative Manual Therapy
第3回本人はストレスを感じていない|無意識の緊張と食いしばりの関係
第4回|最終回なぜ身体はいつまでも警戒を解けないのか|生活史に蓄積した負荷から考える
【参考資料】
National Institute of Dental and Craniofacial Research(NIDCR)「Bruxism」https://www.nidcr.nih.gov/health-info/bruxism
Carra MC, Huynh N, Lavigne G. Sleep bruxism: a comprehensive overview for the dental clinician interested in sleep medicine.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22480810/
Bonanno M, et al. Psycho-Neuroendocrinology in the Rehabilitation Field: Focus on the Complex Interplay between Stress and Pain. 2024.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38399572/
※本記事は食いしばりや身体の緊張について一般的な情報と当院の臨床的な考え方を紹介するものであり、医学的診断を行うものではない。歯や顎関節の異常、強い痛み、睡眠時無呼吸が疑われる症状などがある場合は、歯科・口腔外科・医療機関へ相談してほしい。
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